−夏の空は高いけれど、高らかに届け。
家からちょっと離れた理髪店に、レオンという名の柴犬がいた。
僕はレオンが大好きだった。
もともと犬は好きだ。
でも、近所のテッちゃんやサクラちゃんより、レオンが一等好きだった。
レオンがレオンという名だったということを知ったのは、レオンがいなくなってから何年かしてからだ。
たぶん、中学に入学するくらいの歳だったように思う。
僕はレオンのことを、ずっとジョー君と呼んでいた。
夏休みのラジオ体操の後やプールの帰りに、レオンの横に座っては「ジョー君、ジョー君」と話しかけるのが好きだった。
なぜジョー君だったのかは覚えていない。
たぶん、何かの折に「ジョーー」って吠えたんだろう (もしくは、そう聞こえた)。
子供の名づけなんて、そんなのが理由であることが多い。
レオンの主人曰く、
レオンは、正しくは「León」であり、スペイン語でライオンという意味なのだそうだ。
しかしながら、夏は秋になるように、
犬は犬になり、
猫は猫になり、
僕は小学校1年生から2年生になり、
まったく正しく、レオンはやっぱり柴犬になった。
当然、レオンには雄ライオンのように立派な鬣(タテガミ)があるわけでなく、
鼻の頭に白い染みがあり、嬉しいと控えめに尻尾を振り、ちょっと眠たそうな目をし、ずんぐりとした、いわゆる普通の柴犬だった。
レオンのご主人は、何を思ってライオンと名づけたのかはわからないが、とにかくレオンはLeónでありジョー君であり柴犬だった。
レオンは、ライオンみたいにゴロゴロしているわけでなく、狩りをするわけでもなく、理髪店の前でジッと座っていた。
(大体、僕がレオンに会いに行く時間は決まっていて、レオンは同じ場所に同じように座っていることが多かった。)
レオンの関心事は、だいたい次の6つだったように思う。
ひとつ、ご飯の時間はまだかな。
ひとつ、散歩の時間はまだかな。
ひとつ、あの音 (5時のチャイム) はなんだろう。
ひとつ、となりの犬 (キャンキャンとよく鳴いていた、名前は知らない。) はうるさいな。
ひとつ、この人は頭を撫でてくれる。
そして最後に、この人は髪の毛切るのかな?
不思議なことにレオンは、まだお客さんの姿が見えていないにも関わらず、その気配を敏感に察知して、控えめに尻尾を振ってお出迎えに出ていた。
僕は、そんなレオンの後姿を見るのが大好きだった。
この前、久しぶりにその理髪店の前を通った。
レオンがいなくなって久しくなる。
レオンのご主人は、おじさんからおじいさんになっていたけど、元気に髪の毛を切っていた。
何気なく理髪店の入り口に目を向けたら、ライオンの縫いぐるみが置いてあった。
その日は、とても暑い日だったけれど、僕はそこに座っていたいと思った。
とてもレオンに会いたくなって、そして頑張ろうと思った。
僕はレオンが大好きだ。